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今日の夕食
今晩は、ちょいと手抜きの日でした。マグロといくらの漬け丼に、ほうれん草の白和え、えのき、しいたけと薄上げのお味噌汁。後は、副菜でキムチ、いかなごのくぎ煮。お料理といえる程、手のかかるものはほとんどなく汗でもまあ、後は器にも助けてもらって見栄えがよろしく結構かと。
それで、土鍋でご飯なんですけど、元々は炊飯器で炊くご飯がべちゃっとしてどうも美味しくないと旦那さんが言い出しまして、土鍋で一度炊いてみたら?と言い出したのがきっかけでした。最初は、水の加減が少なすぎるとお焦げが出来すぎて、洗うのが大変だし、多すぎるとまたこれもべちゃっとするしで、適当な分量がわかるまでは慣れが必要だったけど、今はほとんど完璧です食事
土鍋も下の写真でわかる通り、特に炊飯用とかのものでなく、どこにでもある一人〜二人用の小さなお鍋でOK
とはいえ、毎日ご飯を土鍋で炊くなんて、スイッチ一つで予約の出来る生活に慣れていると、やはり面倒で、最初はIH炊飯ジャーを手に入れるまでのつなぎのつもりでした。でも、いいものは結構なお金だし、そこそこのものでは美味しく炊けるかどうかわからなくてうだうだと迷っている内に、慣れというのは怖いもので、いつの間にか特別なことでもなくなってました。それで、今の所、まあ、いっかって(^^ゞ
二人という人数では一回のご飯に一合が丁度なので、炊飯器よりは土鍋向きなのかも知れないですグッド
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土鍋で…
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今年の六月から、家では白米を土鍋で炊いてます(^_^)/これが案外簡単で、沸騰するまで強火で、ふいたら弱火にして5分、後は火を消して20分蒸らすだけ。すごく簡単です!でも美味しいよ。是非お試し下さい(^-^)v
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At the Elf
今はもう無いけれど、神戸の二号線沿いの海の側にelfというお店がありました。下の写真にある、カウンターベルはそのelfが閉店することになったとき、常連のお客さん皆で、そのお店のものを持ち帰り、最後に残ったフェニックスまで、やはり友達の所にもらわれていったという、そんな根こそぎなくなったお店のものの中から私がマスターからいただいたものですラブ

初めてそのお店に行くようになったのは20代で、社会人になってから一時期は変わった両親のおかげで、一軒屋に犬と二人で住んでいたこともあり、その頃は毎日のようにそのお店で裏メニューを食べさせてもらっていました。そこはカウンターと椅子席が少しだけの小さなお店で、でもとっても暖かいお店だったな。気さくで冗談好きで話上手なマスターのおかげで女一人でも、全く気兼ねすることなく又、危なくもなく楽しいカウンターに座るお客さんとは自然に友達になれるような居心地のいい空間でした。

お店は大体5時くらいには開くので、たまに夕方に行ってカウンター越しに二号線を通る車を目の隅にとらえながら、ぼんやり見いると、夕暮れ時から段々外が暗くなっていって、お店の中がほんのり明るくなって外を車が流れていくものだから、ふと遠くに旅行にきてるようなそんな不思議な気持ちになったものです。

そのお店のすぐ前の海に大きな橋がかかることになって、その前の海も工事のためフェンスで囲まれてしまった時期がありました。
そこは昔は、六角堂(移情閣)への石畳が続く、流れの速い深い海で、その海での夏が大好きでした。(余談ですが、村上春樹の処女作の「風の唄を聴け」が原作の映画に昔のままの海岸が残っています拍手)思い出のつまったその海で、観光化される事が嫌だった私は、最後の思い出にと、とある夏の日、水着の上にワンピースを着て、フェンスを乗り越えて、そこで水泳ことがあります。少し乾かして歩いてかえる途中、elfのマスターに発見され当時、乗っていた黄色のワーゲンから「何やっとん!」とからかわれて、お店の前で水をあびて、お店のWCで着替えさせてもらったことなんかもありましたっけ汗
それから年数が経ち、結婚してからもたまに行くといつも変わらないお店がそこにありました。それがどんなに贅沢なことか、無くなってみてはじめて解るものですよね。

ドアを開けるとマスターの低い声が「いらっしゃい!」と迎えてくれた。
そんなお店も今はもうありません。でもカウンターベルを見ると、elfのカウンターを思い出します。そして、確かにそのお店が在ったことを。
そしてその他のそのお店の品物は、そのお店を愛したお客さんのそれぞれの場所でelfというお店の思い出と共に存在してるんだろうなグッド
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カウンターBell
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家のリビングの窓際に置かれてるGinの空き瓶などに囲まれてぽつんとあるカウンターBellは、とあるお店が閉店する時にマスターがサインつきで分けてくれたものです。チン!っていい音がなるんですよ(^-^)
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コンスタンティン
見ました。良かったです。キアヌがまたふてくされた役でいいの。正統派ヒーローではなく、でもやっぱりヒーローなんだな。
で、面白かったのが、普通に
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犬のいる風景
実家にはずっと犬がいました。今は家にも犬がいます。スタンダーのダックスフントです。今でもそばでお腹出して爆睡してます。この姿は、(お前って、元は猟犬なんじゃ?猟犬としてそのかっこはいいのか?それで?)とついつい言いたくなるくらいのお間抜けぶりなんだけど、これが又可愛いんだな(←犬を飼ったことのある人に通用する犬親ばか話だけど)

実家に居た頃は、好きな時だけ可愛がっていれば良かったけれど、初めて自分で育てた時にその大変さがよくわかりました。
でも、無条件に犬好きです。いるだけで和むし癒される。犬の額の間とか胸の辺りとか足の裏の湿った匂いとくんくん嗅いでか柔らかい毛をかくしゃくしゃにすると、もう天国って感じときめき

で、今日は実家で飼っていた犬のお話。
初代がスピッツ(←物心ついたときにはいなくなってた)。二代目がジャックRテリア。三代目がシェルティ
二代目のテリアはフィラリアで死んでしまったしょんぼり
当時は、今のように予防薬もなく、犬小屋で外飼いされてたため、蚊にさされて感染してしまったのだと思う。フィラリアは、蚊が刺したところから進入して、脱皮を繰り返しながら成長し、血管の中に入り込んでいくそうだ。しかも増殖するらしい冷や汗まさに実写版エイリアンびっくり
私は小学校の3年生くらいで、療養中の犬のことはあまりはっきりとは覚えてないけれど、白衣の先生が往診に来てくれていたことは思い出す。
バッキーの死はある日、兄弟で、かなぶんを採りに近くの公園に出かけてる時に突然に訪れた。たまたま、母もいなくて遊びに来ていた叔母が、バッキーがあまりに鳴くので、散歩かと思い連れ出したそうです。家の前はなだらかな坂になっていて、坂の下まで来た時に激しく咳き込んで大量の血を吐いた冷や汗。叔母がびっくりしてリードを放してしまうと、バッキーは瀕死の状態ながら、よろよろと坂を家に向かって歩き出しました。そして、自宅の自分の小屋にまでたどりつくとそこでほっとしたように息絶えた(それが又泣けた悲しい。叔母が呼びにきて私たちがと飛んで帰ると、寝ているとしか思えない顔で動かないバッキーがそこにいた。でもその体はコチコチで、柔らかかった毛は既に堅かったです。

それが初めて体験する愛するものの「死」だった気がする。バッキーのお葬式(当時既にペットのお葬式屋さんがいた)を終えた後、私たち兄弟は坂の下に向かいました。
その現場には白くて長いフィラリアがいました怒り(記憶の中ではみみずを白くしたような感じ)。私たちはバッキーの敵として皆、泣きながら手に手に石をとってそれで叩きつぶしました(今思えば、よく気持ち悪くなかったなとか残酷だよなーとか思うけど、そのときはもう、憎くて悔しくてそんな事これっぽっちも思わなかったと記憶しています)

子供時代というのは、そんな事があっても案外、立ち直りも早い。すぐに次の犬を欲しがったが、母が嫌がりました。当たり前だ。世話をするのはほとんど母なのだから(^^ゞ
でもついに三代目の犬がやってきた。そして、三代目が8才になった頃、私は結婚しました。そして、あまり犬に興味のなかった旦那様を説得すること2年くらい。ついに私も念願の自分の犬を飼うことになったのです祝
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本のある場所
本が好きです。本があるところは、どんな場所も好き。
子供の頃、実家が紀伊国屋書店とかならどんなにいいだろうかと夢想したものです。営業時間が終わって無人になったお店で好きなだけ、好きな本を読む。しかも全部、新品って凄くないですか?
まあ、紀伊国屋が無理でも、小さな本屋さんでもいいやとか思ってましたね。
学校の図書館の貸し出し票に自分の名前が書かれるのも好きでした。
随分前に貸し出されてから日の目を見なかった本に自分の名前が書かれたり、たまに、同じ人の後を追っていたり・・。大体、数冊の本でだぶって借りてると、それは似た読書傾向を持つことが多くて自然とそうなるんでしょうけど。それが憧れの先輩だったりすると、密かに胸キュンラブだったりして。
で、今でもついつい、買い込んでしまうのが本なんです。好きな作家の新刊が出てたりすると、文庫になるのが待ちきれず、買おうとする衝動とよく戦います。で、時に負ける汗又、文庫なら安いからいいだろうと、自分を納得させて、数買い込んでしまって結果、家には本がうず高く重なっていく羽目になります。これではいかんと、最近はせっせと減らす努力をしています。今日も、某大型中古書店に本を売りに行きました。
まだ新刊で出ている、ベストセラーも数冊含まれていました。それがなんと一冊150円ですってしょんぼり
いくらなんでもそれは悲し過ぎると思い、もって帰ってきてしまった(^^ゞ
でも、以前私は、宮部みゆきの「日暮し」上下の新刊を文庫本並みの値段で買えたことがあります。とても幸せでした楽しい
なので、本当はそのまま売っても良かったんだけど・・にしても安すぎると思って。近日中に別のお店に持っていってそこでも同じような値段ならそのままおいて帰ろうと思います。でもね、商売とはいえ、底値で売っていた本やコミックをテレビや映画化が決まった途端、3倍くらいにして売っているのをみると、ちょっと納得がいかないんだけどなー。

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共犯者
お酒が好きで、食道楽で洒落者で人が好きで女も大好きな男がいる。
妻子があっても、色恋は忘れないので当然、家庭は混乱する。でも、なんとなく憎めないキャラの人がいる。なんていうかお茶目な人なのである。
そんなお茶目な人が私の父親だった。
決して物分りのいい娘を演じているわけではなく、思春期には大嫌いで口もきかなかったこともあるけれど、自分も真剣に人を好きになる頃になると、
父は友達になった。まあ、変な表現だけれど。

デートしていると、夜の街でデートしている父を目撃した。地方都市ならではの狭さでで彼氏とデートしてるとたまに父と出くわしたり、父のデート現場を目撃した汗逆に彼とのデートを父に知らない間につけられて、フライデー(父は写真が趣味であった)されたこともある。後で、その写真をくれながら、父は私にこういった。
「わしがすぐ近くにおるのに、お前、全然きづかんと、あいつを見つけると凄い嬉しそうな顔をして、走っていったんや。なんか腹たってなー。つけたった。」
そんな父なので、彼氏が出来ると父には紹介しやすかった。彼らも、父を好きだった。父の彼女?とお酒を飲んだこともある。
そんな父の口癖は「男は浮気をするもんや。でもな、奥さんは別。航空母艦のようなもんなんや」
遊び人を呼ばれる男たちは、目の前の女を口説く時に、似たような言葉を口にするって事に笑ってしまう。彼女がいるってわかっている人に口説かれた事がある。彼は私に「彼女とは長いけれど、今、目の前の人を好きな時は目の前の人だけが好きなんや」って。まあー要するに同じでしょ。
さすがに奥さんと彼女は法的な事や共有してるものの重みが違うけど、浮気性の男の人の感覚は、好きなものは好き。欲しいものは欲しい。
洋食ばっかりじゃ飽きるので、たまには和食もお茶漬けも食べたい。みたいなね。でも今の世の中でそんな事を大真面目に言ったら石田純一さんのようにサンドバッグ状態を覚悟せねばなりませんが(^^ゞ

でも当時、結婚前若い娘としては、男と女のなんたるかも浅い理解でしかなく、父(私にとってはただのおじさん以外にしか見えない人が)が女の人と一緒にいても、それを性的な関係と結びつけて考えるなんて事は全くなかった。だから言い訳に聞こえるかも知れないけれど、母に対してそう罪悪感はなかったな。自分の価値観が絶対の母とあまりうまがあわなかったせいもあるけれど。

そんな父と何故かまだ中学生の時に、繁華街をうろついた事がある。
私の住んでる神戸は港町で、まだそんな遅い時間に繁華街をうろついたことのなかった私にはどこか外国の景色のようだった気がした。
様々な色のネオン、肌の色や違う言葉を喋る人たち、今から思うと多分そこは今のトーアウエストあたり、もしくは栄町辺りでステーキを食べてその後、北野に連れていってもらったんだと思うけれど、その頃はそんな地理がわかってるわけもなく、夜の街は特に昼間の街とは全く違う顔を見せる。
母には申し訳ないけれど、父と私はどこか共犯者のようだった気がする。

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とあるCafeより
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ぼーっと窓から空を眺めてます。中途半端な時間のためカウンター以外誰もいない。
今室内にあかりがともりました。この位いの時間って逢魔が時っていうんだよね。私も魔が刺さないようそろそろ帰らなきゃ(^_-)
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