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土曜の夜に
東京奇譚集
東京奇譚集
村上 春樹

今、半身浴する時にこの読書を読んでます。
村上春樹の本を、濡れないように細心の注意をはらっているとはいえ、浴室に持ち込むなんて一昔前の私には考えられない事です^_^;
「ノルウエイの森」に出会ってから、「羊をめぐる冒険」くらいまでが一番好きだったでしょうか。あの独特の文体がとても好きでした。
「風の唄を聴け」には、神戸の風景が沢山でてくるし、高校時代の彼を知ってる人にも先輩の先輩の先輩の先輩の先輩くらいをたどればめぐり合う事も出来る偶然もあり、当時はもし目前で見れば「ファンです」といって声をかけてしまうくらい好きでしたラブ
単行本が出るとすぐ買っていたのがこの頃で、「ねじまき鳥・・」まで続いたんだけど、それ以降少し遠ざかっていました。「海辺のカフカ」を買ったのが久しぶりかな。この本はブックオフで手に入れました汗

短編なので読みやすく、私の好きなテイストです。
村上氏の作品を読むとどうしてこう食べ物が食べたくなるのでしょうか。
村上朝日堂なんかも好きなのですが、この作品にも食べ物がきちんと描写されてます。あっさりとシンプルにあるがままに。
やっぱり好きだな〜^と思うのです。
今日は、高層マンションの24階と26階の間で21日間失踪した男の人をボランティアで探してる人の話でのぼせそうで出てきてしまいました。残念ながら、羊男は出てきません(当たり前か・・)全部読んで感想を又書きたくなれば書くことにします。今日はただ、半身浴に村上春樹を持ち込んでる私に自分でちょっと驚いて書いてみましたたらーっ


さて、話は変わって、米肉の危険部位発見で再び輸入禁止のテレビを見て独身時代、会社で働いていた頃の事を思い出しました。

その頃、私は北米の輸出入を担当していて、牛肉もよく輸入していたのですが、小口の品物が多い時は、混載カーゴといって何口か集めて一つのコンテナに入れて輸入します。神戸についてから、米側の書類を基にそのコンテナを開けて確認するのですが、先ずその書類自体がかきなぐったような手書きの書類の事がままあり全く読めない事がありました冷や汗

読めないだけならまだしも、書類と全く違う荷主の荷物が平気ではいってたりするので現地に問い合わすのですが、クリスマスに近かったりすると「僕たちはクリスマス休暇だ!メリークリスマスツリー」なんて返事が平気で返ってきて以降なしのつぶて・・。
答え合わせも出来ないと、明細もわからず送り主もわからず従って荷主に引き渡すこともかなわず途方にくれる日本人だけが取り残されるのですびっくり本当に、いい加減なのだ・・びっくりするくらい。

なので、今回の報道も全く私は驚かない。その事に対する姿勢というか考え方が全然違うんだろうと思う。
彼らは、多分「日本人、なーんでそこまで神経質なわけ?俺ら食べてるけどなんともないし?何が問題?」って絶対思ってるもんね(・_・;)
オーシャンズ
オーシャンズ 12
オーシャンズ 12

キャサリンセダジョーンズがゾロの映画の宣伝で来日してましたね。
ゴージャスな容姿と、伴侶がマイケルダグラスですから嫌味なくらいに?豪華すぎて、ちょっと誤解されてる部分があるのかもモグモグ
実際は、テレビの情報番組などでもインタビュアーが彼女はとてもフランクないい人でサービス精神も旺盛で好印象を残して帰ったとそんな感じで報道されてました楽しい

この映画の中ではブラピの恋人役として出ていましたが、雑誌のクレアのほとんどフルメンバーのインタビューで(←J.ロバーツ以外が出席していた)
衣装の事でJ.ロバーツが随分キャサリンに難癖をつけたってブラピが暴露してましたたらーっ
映画自体は前作から、仲間が寄り集まって、なんだか遊び心で作ったような、本当に仲がいいんだな〜^っていう雰囲気がバリバリ伝わってくるような映画です。冗談で、監督がヨーロッパで皆に行きたいって話しからはじまったんだなんて言ってましたし、誰が楽しいって出演者や監督が一番楽しんでるんじゃないの?みたいな^_^;サプライズゲストも豪華だしね〜^。びっくり玉手箱を散らかしたみたな星
私はブラピファンなんだけど他の人も皆、年食ってる少年みたいな感じですラブ

で、この映画は公開時に旦那さんと二人で映画館に見に行きました。
私は前作も見てるのでおもいっきり楽しめましたが、彼は細かい所がわからなかったみたいでイマイチだったみたい。でも値段分は楽しめたみたいですよ。公平にみたら、前作の方が映画としては面白かったかな?と思いますが、今はどちらもDVDが出てるので是非見て下さい。
付録でついてる、副音声で出演者が解説してるやつとか後衣装がゴージャスなので衣装の解説とか、とても面白いので大好き。
英語の勉強にもなるしね〜〜^。
お勧めです!グッド
ネフのお話 番外編
病気になって2年くらい経った頃でしょうか。直接ではないにしろ、心と身体は切り離せないのではないかと思うようになりました。
「病は気から」というように、逆も真なりというか。
そして身体からのアプローチだけでなく、心からの働きかけというものも大切だと思うようになったのです。

それから、沢山の本を読みました。最初のとっかかりは、アンドリューワイル博士の「ナチュラルメディスンー癒す心、治す力ー」です。
慢性病を抱えてる方には、是非一度読んで見る事をお奨めします。
その中に、「治癒にいたる山は人それぞれ違う。ただ一つ、諦めないこと」と書かれていました。後、医師の呪いにかかってしまわないこと。

医師は病気の治療にとって大切なパートナーですが、時に逆にマイナスになってしまうこともあります。医師にとっては沢山の患者の一人にしか過ぎないけれど患者さんにとってはたった一人の医師なのです。
医者の父や兄弟を持ち、身内や周りに医師の多い環境に育った私としては、医師側の言い分や、ハードワークも理解してるつもりですが、自分が患者になった時、たまに心ない言葉(←しかも医師側はあまり意識していない言葉)に傷ついた経験は何回かあります。圧倒的に強い立場にある医師と、弱い立場にいる患者(←最近はそうばかりでも無い時代になってきてるようではありますけどたらーっ
でも、今は、最終的な決定権は患者である私にあると思っています。露骨に嫌な顔をされても、納得のいかない治療は、拒否してもいいし、先生にもわかってもらえるように努力するべきだし、それでも正反対の意見を持っている場合は、自分の責任で決めて但しその結果は潔く受け入れるという決意も必要、そして間違いに気付けば又道を引き返す勇気も必要なのではないかと思うのです。「自己責任」という言葉に表されるように、誰に責任を転嫁しようが、自分の事なんですものね(・_・;)

日本でも最近は、心療内科やハートクリニックという形で、神経科への敷居も随分低くなったけど、現実はやっぱり風邪ひいたからという気楽さではいけない感じがありますよね。でも、慢性病なんかを抱えてる人は、そういう心理方面のケアをしてくれる人も本当は必要なんだと思うのです。

私の理想の病院は敷地内に、温泉、ホテルのような簡素でもいいから温かみのあるプライバシーを尊重してくれる部屋、豪華でなくてもいいので、ちゃんとした食器で食べられて温かいものは温かく、冷たいものは冷たいお料理で患者さんは望めば、鍼灸やアーユルベーダーやアロママッサージも受けられヨガやエネルギーワークやカウンセリングも自由に受けられ、代替治療も選べるようなそんな病院がいいですね・・って実際にあったら、皆が入りたがって誰も出てこないかも・・。それも困るか(^_^;)
あの日の今頃
車で神戸から脱出していました。
11年前の今くらいの時間の事です。
当時、私は、築100年近い古い日本家屋の平屋に住んでいました(「三匹のこぶた」の中でも書きましたが)
震源地がわかった時、双方の両親は、私たちの死を覚悟したそうです冷や汗事実、多分、一駅東にあれば潰れていたと思われます。
JR沿線の同じような古い民家が、次の駅からは軒並みやられていました。
ともかく、色々な偶然によって私たちは、怪我をすることもなく家も瓦は落っこちましたが倒れずに済みました汗
けれどもあの音と揺れを忘れることはないと思います。
あの時、物凄い揺れの中で、旦那さんが咄嗟に私の上に乗ってかばってくれました。そして、その時の事を、どれだけ時間が経って、何が起こっても忘れないでいようと思っています星

その頃の旦那さんの勤務先は神戸よりもかなり西の病院だった為、当直and日直用の官舎がそこにありました。仕事の事、ライフラインが絶たれた事や、余震が続いていて最初の地震でもった家も最大余震が来たときにもつかどうか不安だった事などからそこに向けて夜に避難する事に決めて、これくらいの時間、西に向かって車上の人となったのでした。
車の中ではずっとFM802を聞いていました。
色んな人たちのメッセージやDJの人の声や曲を聴きながら。
同じような避難の車がずっと続いていて、真っ暗な闇の中テールランプが妙に綺麗だったのを覚えています。
あれから11年。本当に早いです。幸い私は親しい人を失くさずに済みました。家をなくした人はいたけれど。

今、神戸は震災の爪あとを探すのが難しいくらい復興したといえるかもしれません。でも、そんな簡単なものではないですよね。
でもその一方で、その時「死にたくない!」って思った気持ちや、生き残った感謝の気持ちや、当たり前にある電気やガスや水道や温かい食べ物やお風呂とか、普通にあいてるお店とか、それが失われてた時の事、簡単に忘れるんだよね。
だから、こうやって思い出す事が大切なんだと思いますノーノー




穏やかな日
近畿地方、この数日は寒さが緩んで暖かかったですね楽しい
今日は私もとても穏やかな日でした。

朝、私がお掃除をしてると、旦那さんが自分の車の掃除をはじめて、私の車もついでにお掃除。ラッキーラブ
午後からは15日なので玄関の注連飾りもはずし、近くの厄神さんにお参りに。帰りに参道で毎年買うたこ焼き屋さんでたこ焼きを買って食べました。すごく美味しいのですイヒヒこれもこちらに引っ越してきてからの恒例の行事になっています。
今年は何故か、カステラ焼きやさんの前に行列が・・。それって割と珍しい風景じゃないですか?どのお店よりも並んでいました。よっぽど美味しいって有名なのかな?
その後、須磨寺へ父のお墓参りに行って、下の本堂へもおまいりして帰ってきました。

夜は、すき焼きにしました。関西では文字通りすき焼きなので最初お肉はお砂糖とおしょうゆで焼きます。でも、最近は割り下を使うことも多くなってきました。我が家はお肉だけ元通り焼いて、後は割り下を使っています。美味しかった〜〜。なんか穏やかな日曜日でしたニコニコ
そして、甥の中学お受験合格のケータイ拍手
いやあ〜〜^。良かったです桜
楽しみにしていたドラマ(ロンド)も良かったしグッド
なんて事はないんだけれど、私も旦那さんもバイオリズム的にいい感じでお互いに優しい気持ちでこんな穏やかな日っていいなってしみじみと思うような一日でした。
明日もいい日になりますようにおてんき
宮廷女官チャングムの誓い
宮廷女官チャングムの誓い DVD-BOX I
宮廷女官チャングムの誓い DVD-BOX I

所謂、韓国版大河ドラマのようなものですが・・力入ってますって感じグッド
NHKもこれくらい力入れてくれたら大河見るんですけどねー(^_^;)
韓ドラ食わず嫌いだったという人が、これを見て、はまったという人も結構知っています。

舞台となっているのは、15世紀後半から16世紀前半の封建的な朝鮮王朝の宮廷。
中国では明の時代、日本では室町時代のお話です。
魑魅魍魎の跋扈する王朝にあって、亡き母の志を胸にまず女官にあがり宮廷料理人になり、それから敵の策略にはまり宮廷を罪人としてチェジュ島に奴婢として流されますが、そこで医女となり又宮廷に戻り、恨みもはらし医術を極め、男尊女卑の徹底した朝鮮にあって、初めて王の主治医にまでなった女性の物語です。
チャングムという医女は実在の人物で、王の主治医となったというのも史実です。ただ、前半の料理人の設定はフィクションらしいです読書

この作品の見所は、脚本が細やかで敵となる相手側の心情も細かにつづっているところ。さらに、美しい自然や華やかな当時の宮廷の暮らし、料理人編では様々な宮廷料理の作り方、医女編では、鍼灸、漢方など東洋医学にも通じる(まあ、元をたとれば中国なのでしょうけど)技術や、それだけでなく恋愛ありアクション?ありまあ、飽きることを知りません。長編なのにほころびがないというか、本当に上手く話しが出来ている事に感心します。

日本人も倭寇としてちょっとだけ出てきます(←勿論、悪人です(^_^;)
中国の人も出てきます(←上下関係でいう上の大切な客人としてです)
歴史ドラマをみてると古くから関わってきた一番身近な外国が中国であり、朝鮮半島であると改めて思いますよね汗
当時の朝鮮の身分制度や、その人たちの着ていたもの。髪の結い方とか飾りなどなど見ていて本当に楽しいです。

話が横にそれましたが、主役のチャングムを演じてるイヨンエさんはとても美しい人です。JSAやラストプレゼントにも出ていましたよね。
最近では「親切なクムジャさん」でしたっけ?にも。あれ見たかったのに、見逃しました。思うに、韓国の女優さんは派手な美人よりも清楚な美人の方が好まれるような気がします。欧米系の美よりもよりアジアンテイストな美人というか・・。二重バッチリの所謂バタ臭い美人は大抵、憎まれ役とかいやみなお金持ちの役のような気が・・・。

と又横道にそれましたが、最後までハラハラドキドキの展開です。
チャングムって凄い意志の人ではあるけれど、ドラマの中でも散々色んな人に「どうして、じっとしてられないの?」「どうして目立たずに人と和していけないの?」などと言われるのですが、ちょっとうなずいてしまう所がありますねー。
正しいんだけど、正しすぎてしかも直球ばかりなのでたまに迷惑汗みたいな。親友や恋人や家族だったらいっつも心配してないといけないようなタイプです。名前が出ただけで「何?あの子、又何かやったの?」みたいな冷や汗
でも、きっと何かを成し遂げる人というのはこういう人で、その周りの人はサポートする運命なのかもしれないですねイヒヒ
まだ見ていない方、是非一度見てみて下さい。お勧めですグッド



おつきあい
このBlogをはじめた元々の志としては、自分が付き合ってる持病の事や、試した治療法や経験を同じような人たちと分かち合えたらって事が割と大きい部分をしめてたんですが・・結局去年、持病のカテゴリーはわずか8個?
いかに、自分が持病をぞんざいに扱ってるかわかるってもんですよね。
まあ、正面からは向き合いたくないという現実もあるんでしょうけど、何より、性格的に忘れやすいという事につきます^^;


去年台頭?してきた椎間板ヘルニアの方が、私にとっては痛み伴うので13年付き合ってきたネフローゼよりも厄介でした。
今は去年から考えると随分痛みもましになって(それも、比較してみると去年って随分痛かったんだなーと思うくらいで)、日常ではかなり楽になりました。でも、最盛期?の時はテレビの通販をみていて「私の腰の部分、取り替えてもらわれへんかなー」と言ったら、旦那さんに「あほか、替えてもらうんやったら腎臓の方やろ」って叱られました汗
そう言われるまで、腎臓の事すっかり忘れていたしたらーっ


で、ネフローゼの方ですけど、相変わらず蛋白は2グラムくらい降りていて、アルブミンは2.4くらい。総蛋白も4.5くらいですしょんぼり
コレステロール値だけ、主治医の先生によると恐ろしくいいらしく210!(これは私は岩盤浴のおかげだと思っていますグッド
でも自分的には身体の調子はいいですおてんき
主治医の先生は、腎臓の専門医として楽観的な見方は出来ず、いつか透析になってしまう可能性もかなりあるとお思いのようでいつも脅かされて?います。腎機能は半分壊れるまで数値に表れにくいとかいったん表れると坂道を転げ落ちるくらいの感じなどなど。
内心(そこまで言わなくても・・・悲しい)って思うこともあるんだけれど専門医であるからこそ言えるといわれればそうなのかとも思うし、実際13年間、蛋白が下りない日がないってこと事態、腎臓にとっては異常なことですから、いつかその日がやってくるやもしれないとは漠然とは思います。でもねー、少々乱暴な言い方ですが「だからどうした?」って思うのです。
出来る事はする。無茶なことはしない。それで、その日が来るなら仕方がない・・。じっと息を潜めて生活しても来るときは来ると思うし・・ノーノー


今年は、血圧を下げる薬を、蛋白を減らすために使うそうです。元々血圧が低いので、副作用が心配ではありますが、蛋白が一g以内とそうでないとでは雲泥の差だという主治医の先生の強い勧めで試して見ることにしました。
それと同時に、免疫抑制剤も減らしていきます。その後がいわば勝負らしいです(←よくは解らないんだけど(^_^;)
ともかく、今年は病気的には要注意の年らしいので、しっかり付き合っていきたいと思っています。無理をしないのが一番なんですけどねたらーっ
同じ病気を患っている方、別れられるに越したことはないんだけどそうも行かないので、今年も気長につきあって行きましょうねグッド
Q&A
Q&A
Q&A
恩田 陸

ありふれた郊外の大型商業施設の中の未曾有の大惨事が起こります。
それがどんなものだったのか、事件だったのか事故だったのか、はたまた何かのテロなのか陰謀なのか、その事件の詳細を読み手も小出しにしか知らされません。
何故なら、小説は事件を調べている人がその被害にあった人たちや関係者に一対一のインタビュー形式で、しかもここで話されたことは他言しないという条件下の元で話されるものをバラバラにまとめた内容になっているからです。
読み手である私は、少々まどろっこしく中々全貌がつかめないのでいらいらします。作者の意図や事件そのものもです。

でも序々にではありますが、その事件(事故かもしれない)の仔細が明らかになっていきます。60人以上の圧死者、100人以上の負傷者を出した原因は、大体同時間に起こった些細な出来事でした。そしてそれらの出来事を見て「この場から逃げなければ!」と思った人たちの恐怖の伝染によってパニックが同時に起こったのが原因でした。そしてその群衆の塊がある塊は上から下へ、別の塊は下から上へ、そしてぶつかった二つの塊がさらに大きな塊となりその結果さらに大きなパニックを引き起こし、結果的に大惨事となったのです。でもその後の調べで、それぞれの階で起こった出来事は、たいしたことではなかった事が明らかになります。
では、何故そこまでのパニックとなったのか?

小説は、ほぼ会話だけで進行します。最初はバラバラに感じられたかけらが、後半になるに従って一つの鏡となって行きます。そのかけら自体、一つ一つが重くやるせないものだったりどーんと重くなったりします。
これは図書館で借りました。最初この本を手に取ったとき表紙のイラストにちょっとひきました。多分、本屋さんで手にとったら自分では買わなかったかな(^_^;)一言でいうと、楽しい小説ではありません。読み終わった後に「あーすっきりした日の出」ってのはないです。
読後は「うーん・・・唖然」って感じでした。
今ひとつのうーんではなくて、考えさせられる「うーん」って感じ。
地下鉄サリンも勿論ですが、神戸でお祭りの時に起こった歩道橋の中の圧死事故がありましたが、その事故も思い出しました。
現実に起こりうる怖さを感じ、それを引きおこす誰の中にでもある弱さや恐怖といったものの危うさを思いました。そしてよくも悪くもすぐに忘れる人間というものの業の深さを。
面白いけれどすっと背筋が寒くなるような小説でした困惑
松の内
もとれて、本格的に2006年も始動と言いたいところなのですが、そのまま連休に突入なので実際は10日の火曜日といったところですかね。
皆さん、お正月飾りはもう取りましたか?
松の内があけると共にはずす(七日の早朝にはずす)といったところと関西などでは15日までつけておく所とあるようで、毎年七日を過ぎるとご近所を見ながらはずす頃合を見ていますたらーっ
話がそれますが、以前は15日が成人の日って決まっていたのでなんとなく区切りらしかったのに、ハッピーマンデーになってからはその日の意味やありがたさがへったような気がします。私の周りではこの制度はすごく不評ムニョムニョです。
で、はずした注連飾りは大体近くの多井畑の厄神さんにお参りするときに一緒に持っていってとんどしてもらっています。私が子供の頃は、ほとんどの自動車に注連飾りがついていたような気がするのですが、最近は滅多に見かけないですよね。でも、今年、垂水で生まれてはじめて、自転車の籠に正月飾りをつけているおじさんを見かけました楽しい

お子さんのいる家庭は、もうちょっとで学校。
お母さんたちはやっとほっとするのではないかと思います。
冬休みに入る前に、今年は長いと子供を持つ友達が口を揃えて言ってました汗
本当、もうちょっとですね。頑張って下さいチョキ

ところで、七草粥を食べましたか?
家も例年は朝に食べるのですが、今年はダイエット本格的希望の旦那さんにより夜に食べました。お米から鍋で炊きます。鍋底にこびりつかないようについつい混ぜすぎてしまうと、おじや風になってしまうのですが、まあ、美味しく出来ました。七草はパックになったのを買ってきています(便利ですよねーイヒヒ
私は、おかげさまで元の体重に戻りました。持病のおかげでもありますが毎日体重計に乗るので、太るとすぐにわかります。
増えてもすぐで一キロ以内であれば又すぐに落とせます。これが三キロとなるとちょっと大変(^^ゞ。彼は3キロなので、まだしばらくは本当に粗食でいいそうです。こちらとしては楽ちんだし、私も一緒にダイエットできるし一石二鳥かも楽しい

昨日は東京の友達が里帰りをしていたので二時間でしたが同じ高校の友達と一緒に家でホットコーヒーケーキ
こうやって会えるのは、私が地元にずっと住んでいるおかげでもあります。
そうはいっても友達が里帰り出来るのも子供が小さくてご両親が健在の間だけでもありますけどねーしょんぼり

さて、フィギュア安藤選手、フリーの演目を変更するとか。何よりだと思います。去年のは本当に合ってなかったなーと思うので^^;
後、三菱東京USJ銀行って命名・・長いしださっ!って思いませんか?
「まんまやん!」って汗
日常の日々
さて、今日から旦那さんが出勤で普通の日々がはじまりました。
カムバック日常生活って感じ拍手
ツリーからはじまって、暮れからお正月三が日にかけての怒涛の日々は、楽しい中にもスペシャルな日々なので、こうやって日常が戻ってくるとほっとします。なんていうか、旅行に出ていて帰ってきたような感じかな。旅行は楽しみだし、美味しいもの食べて違うところにいって楽しいけど、家に帰ってきてホットコーヒー飲みながら「あーやっぱ家が一番!」っていうそんな感じラブラブ
勿論、スペシャルな日々があるから、日常のかけがえのなさに気付くわけでどちらにしても贅沢なお話です楽しい

さて、皆さんのお正月はどんなですか?
私は、結婚してから14年間、大体似たような感じでひたすら家族と飲んで食べるお正月を過ごしています。
今年は、元旦は、例年とは少し違って実家に集まらずに、神戸のニューオータニホテルのお正月バイキングに実家の家族で出かけました。バイキングのお料理は正直「・・・」でしたねー。弟が、食物関係の仕事をしているので、食べた途端「これも冷凍、これも冷凍」というのでどっちらけ^^;まあ、お寿司もサンドイッチも乾いてるし、そんなに素晴らしく美味しいものではありませんでした。
でも、色んな料理がずらっと並んでいて、好きなだけ食べられるって子供連れには一番楽しげな風景ですよねー。そんなに席でかしこまってなくてもいいわけだし、お餅をつかせてもらったり、ゲーム機器もあって、大人の酒席に飽きてきた子供たちが遊べる場所も沢山あって遊び疲れた頃にはデザートが沢山あるしケーキ幸せな気分になります。
甥や姪たちにお年玉をあげて、やっぱり子供が欲しかったな〜^ってちょっとしみじみ。一番上が小学校6年生なので、まだまだ皆可愛いラブ
その内、叔母さんなんて相手にされなくなるだろうけど^^;
その後、楠公さんにいって初詣。凄い人でびっくり(^_^;)
それから、母が昨年購入したマンションでちょっと飲み会。三宮のど真ん中にあって、温泉つきなの。年をとってからの街ど真ん中生活はいたって快適みたいです。歩いてすぐのところになんでもあるっていいですよねおてんき母は実家で弟夫婦と同居なんだけど、実家にはそのまま自分の部屋を確保しておいて好きな時にそちらにも帰るという気楽な身です。

二日からは、旦那さんの実家でお泊りです。兄弟、皆揃うのでこれまたスペシャルな日々。お義母さんが、とても料理上手な人で御節を手を抜かず、毎年沢山作って待ってくれています。嫁である私や義姉さんもただ用意をしたり洗い物をするだけ汗実母は、料理をほとんどしない人だったので、対極にある感じですイヒヒなんでも手作りで、愛が一杯の人なのです。鯛の尾頭付きとお節とお雑煮を食べて軽くお祝い。それから近くの氏神さんと門戸の厄神さんにお参りにいって、夜は河豚料理を食べに行きました。てっさ、河豚のから揚げ、てっちり、仕上げに雑炊と一通り、これが又美味しい〜〜モゴモゴ
三日目はひたすら飲んで食べる日々です。夜はタラバと毛蟹を戴きました。
凄いでしょ〜〜^。ひたすら飽食の日々でした。
そして昨日、私は少し、旦那さんはなんと三キロも太って帰ってきました。
午後から小さめのスーパー銭湯に行って、のんびり〜温泉
かくて、今日からお仕事と体重を元に戻すまでは粗食の日々がはじまるわけですたらーっ
今年も一年、平和で仲良く健康で過ごせますように!
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